放課後は星空の下で・・・


「っくっしょん!!!!!!!」

寒さに目が覚めた湊は辺りの暗さに一瞬何処にいるのかが理解出来ずにいた。

…確か…5時限目の休み時間に屋上に来て……そのまま寝たのか…な?

まだ眠気を引きずった頭で考えていると遠くから運動部がグランドに挨拶をしている声が聞こえる。
その音にそろそろ校舎が閉まる時間だと気づく。

やっべ…早く行かないと出れなくなるな・・・。

少し慌てた湊はドアノブに手をかけた。

ガチャ!ガチャ!

ドアノブは空回りするだけで開かない。

は????!嘘だろ????

何度回しても鍵のかかっているドアは開くはずなく途方に暮れた湊は溜息を吐いた。
屋上で一晩過ごすなんて勘弁だしそれに何より空腹に耐えれる自信がない。
どうしたものかと考えていると先ほどまで湊が寝ていた場所から着信音が響く。
液晶を見ると『翼』の文字がチカチカしていた。

「もしもし?翼?」
『ようやくとったね!湊君今何処?もしかしてさ屋上じゃない?』

翼の声とは別にがやがやと賑やかな笑い声が聞こえた。

「…正解…よくわかったな?…それでさ鍵かかちゃってて出れないんだわ」
『あははは、やっぱりぃ…って!え??鍵閉まってるの??』

からかい口調だった翼の声が驚きで少し上ずった。

『え??!ほんとなの????!』
「ほんと、ほんと。閉め出されちゃったよ…」
『えーーーー!!!!どうするの?!え??』
「ねぇ…どうしよっかな…っって・・・翼?あははは」
『なぁ?!湊君なんで笑ってんの?』
「あははは、ごめん!ごめん!いや…なんかさ…急におかしくなって」

自分のことのようにあたふたと焦る翼と話していると、
なんだか他人事のように感じられて湊はつい笑ってしまった。

『えー?なにそれ』

翼もつられて笑った。

『ん〜でもさ…ほんと、どしよ…あ!!そっか!』
「どした?」
『湊君、ちょっと待っててね!校舎ん中入って俺開けるよ!』
「え?!だってもう閉まってんだろ?どうすんだよ??」
『大丈夫だよ!まだ先生いるみたいだし、職員玄関は開いてると思うから。待っててね!』
「え??翼?!ちょっとまっ…」

湊が言い終わる前に電話が切れてしまった。

「あ〜あ…切りやがった」

そう言いながらも湊は笑っている。
翼が来ることに安心感を得た湊は手摺の方へと静かに歩き出した。
そして手摺に手をかけ空を見上げた。
冷たい空気が夜空を綺麗に見せてくれているようで星が瞬く。
いつも見ている青空とは違う暗いけど明るい空。
この時間に学校にいること、
ましてや屋上で夜空を見上げていることに湊はちょっとした居心地の悪さを感じていた。

…なんだか変な感じ…

そう思いながらイヤフォンを耳にあてた。
流れる音楽は 『offspring』
いつもと同じメロディにこの非日常的な状況もさほど気にならなくなっていく。


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職員玄関を先生の目を盗んですり抜けた翼は階段を勢いよく駆け上がる。

「も〜!湊君は…」

翼は少し呆れ顔でつい独り言を漏らしていた。
部活後に屋上まで一気に上るのはさすがにキツイ。
ちょうど中間まで上がったところで一息つく。
誰もいない校舎の中はやけに静かでヒンヤリとしていた。
音のない世界。耳には自分のいつもより早い呼吸音が響いてる。

ガタッッ!!!!!

突然響いた音に翼は驚いた。

「あははは…なんだろ〜ねぇ…いやいや!なんでもない!なんでもない!!」

自己暗示をかけるかのように声に出して言ってみる。
こういう時に限って何処かで聞いた『七不思議』が頭を過る。

「湊君が待ってるから!よし!頑張れ!俺!」

脳裏をチラつく居る筈も無い幽霊の影を振り払うように翼は屋上へと急いだ。


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屋上まで駆け上がった翼の息は上がっていた。

「きっつ…」

そうぼやきながら鍵を開ける。
開かれたドアから心地の良い風が入ってきて火照った体をすり抜けていく。

「み〜な〜と〜く〜ん?」

ドアの近くにいると思っていた湊の姿が見えず翼は屋上に足を踏み入れる。
暗くなった屋上は見通しが悪い。

結構暗い…湊君何処だろ?

暗闇にまだ慣れない目は不自由でその分ゆっくりと歩く。

「ぉあ!!!!?」

次の瞬間何かにぶつかった。

「ってぇ…」
「え!!!?ごめっ!って、あれ?湊君???」
「…うん、そう…翼?」

其処に居たのは横になっていた湊だった。

「ねぇ…もしかして湊君寝てた?」
「ん〜?まっさかぁ、寝てないよ。空見てた」
「空?」
「翼もさ見上げてみ?」

笑いながら湊は空を指さす。
指差した先を見上げた翼の目に満天の星空が広がる。

「うわぁ…きれー…」

思わず声が出た。

「なぁ…綺麗だよなぁ…」
「うんうん」

そう言いながら翼も湊の横に寝転がった。
遠くから部活から下校する人達の声が聞こえる。

「俺さ…この学校に来て良かったよ…」
「ん〜?どしたの?突然」

湊の言葉に笑いながら翼は答えた。

「あはは、突然…だな。確かに」

湊も笑いながら言う。

「なんかさ…一人で空見上げてたらそう思えてさ…ココ来て、翼にも出会えたし1Cの皆とも会えたしおかげで学校来るの楽しいし?」
「あ〜…それはわかる!俺もそうだし、ほんと皆楽しいよね!…でもさ…」
「ん?でも?」
「湊君寝過ぎだよ」
「寝てないよ」
「寝てるし!」

そう言って二人睨みあう。

「「………っぷ!!あははは」」

なんだかおかしくて二人は笑い出した。
その次の瞬間光が射し込んだ。

「こらーーー!!!誰だ?!そこにいるのは!!」

見回りに来た先生が懐中電灯を持って歩み寄ってくる。

「やっば…逃げるぞ!」
「うん!」

ぱっと起き上がった二人は先生の横を走り抜けた。

「何年何組だ!?こら!まちなさい!!!」
「ごめんなさーーい!!!!!!!」

懐中電灯の光が顔を照らす前にドアへと滑り込んだ二人は急いで階段を駆け下りた。


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玄関をすり抜け校門近くまで来た頃には肩で呼吸する二人がいた。

「ちょ…翼…俺、もうダメ…」

湊は手をパタパタと振りながらその場に倒れこんだ。

「俺も…さすがに…も無理…」

湊の横に翼も倒れこむ。
呼吸が乱れてうまく喋れない。
ふぅ…と大きな溜息を吐いた後に湊が口を開く。

「まさか、あそこで先生が見廻りに来るって思わなかったな…マジ、ビビった」
「ほんと!俺も思わなくて吃驚したよ。それに湊君の逃げ足の速さにも吃驚した」
「そうでもないだろ?翼だって切返しの速さが…さすがサッカー部だな」
「何それ」

逃げ切れた安堵感から二人は笑っていた。

「そんじゃ…!帰りますか?」

立ち上がった翼は背伸びをしながら言った。

「翼?サンキューな。」
「え〜?何が?」
「助けに来てくれたし、何度も電話してもらってさ…うん…まぁ、とりあえずありがとなって事で」

笑いながらも礼を言う湊に翼も笑いながら答える。

「大丈夫だよ。俺が勝手にやっただけだしぃ?」
「ん〜…でもさダッシュさせちゃったしな?」
「あはははダッシュは慣れてるからね…それなら「笹倉」でラーメン食べにいこ?」
「部活の後だしな、いいよ。行こうか」
「そこで奢ってくれたら嬉しいなぁ」

ニッと笑って翼は湊を横目で見た。

「しょうがねぇなぁ…まぁいいよ?」

湊が言い終わると同時に少し離れた場所にいた人影が大声を出した。

「あ〜〜〜!!!翼いたー!!」

辺りは薄暗くてその人影が誰かはわからない。
けれどもその声は聞き覚えがある。

「あ!りょご君!どうしたの?」

すぐに気づいた翼は答える。

「『どうしたの?』じゃないよ。鞄!部室に置きっぱなし!…あれ?湊?なんでこんな時間に?」
「あ〜…屋上で寝てた」

その問いに苦笑いで答えると稜悟は納得というような顔をした後湊が鞄を持っていないことに気づく。

「で?湊、鞄は?」
「……あ!!!!…教室だ…」
「え?!大丈夫なの??帰れる???取りに行ったほうが…あ…でも…」
「あ〜…いいよ。今更戻っても怒られるだけじゃん?財布は持ってるし」

心配そうにしている二人に対して財布を見せて「大丈夫、大丈夫」と湊は言った。

「そうだ、今から『笹倉』行くけど稜悟も行く?」

湊は稜悟を寄り道に誘う。

「行く!行く!!ちょうどおなかすいてるし!」
「あ!それなら、湊君がラーメン奢ってくれるって!」
「マジで!やったーー!!」
「は?ちょっと待て?翼にだろ?!」
「あははは、そんな細かいこと気にしなーーいの!」
「そうそ!気にしなーーい!」

そう言いながら翼と稜悟は肩を組みながら歩き出した。

「ちょっと待てって!」
「湊ゴチでーす!」
「おいって!」

笑いながら小走りする二人の後を湊は慌てて追いかける。
その後ろから嬉しそうな声が聞こえた。

「え!湊センパイの奢りですか!?俺もついて行きます!」

何処から話を聞いていたのか透が笑顔でそこに立っていた。

「は?????ちょっと…ほんとに待て?何時からいた?」
「そんなこと気にしちゃダメですよー!」

透は笑いながら後ろ向きで小走りしている。

「よっしー!人数集まったところで『笹倉』にレッツゴー!!」
「ちょっと待てーーーーー!!!!」

楽しそうに走り出した三人を追いかける湊の言葉は可憐に無視された。


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湊が『笹倉』の暖簾を潜った時にはすでに三人はメニューを見ていた。

「俺チャーシューメン!」
「俺もそれでお願いします!」
「俺はそれにチャーシュー追加で!」

それぞれが好きに注文し出した。

「ラーメンだっつーの!」

慌てて湊は取り消す。

「あははは、湊君ケチくさいよ」
「ケチくさくねぇよ!つか足りなくなるじゃんかよ!」
「大丈夫!大丈夫!!」

根拠のない自信に溢れた笑顔で翼が答える。

「チャーシューメン3つとラーメン1つでいいのかな?」

注文票を片手に千帆が立っていた。

「え?!」
「うん?どうする?注文変える?」
「あ~…うん、それで…」

ニヤニヤ笑っている3人を横目に最終判断を湊は下す。

「……それと炒飯と餃子追加で」
「はぁいっと、以上でいい?」
「え?!湊君いいの!?」

まさかの湊の追加注文に翼が慌てた。

「いいよ?だって追加分は翼の奢りだから?」

ニヤっと笑って湊は答える。
そして間髪入れずに稜悟と透も手をあげた。

「それなら俺も炒飯と餃子追加でー!!」
「俺は餃子をお願いします!」
「ちょ!!ちょっと待ってよ!湊君!?」
「ん~?いいじゃん?翼ゴチになります!」

慌てる翼を尻目に千帆は厨房に注文を伝えた。

「今部活終わり?それにしてもなんで高上君までいるの?」

お盆にお水を載せて千帆が言った。

「まぁ…ね、それには海より深いわけが・・・」
「湊君屋上で寝てたの!」

湊の言葉を遮ってふくれっ面になった翼が言う。

「え?屋上で??って寒いんじゃない?…あ、いらっしゃいませー!」

話の途中で入ってきたお客さんに対応するため千帆はその場を離れた。

「湊君?俺巻き添え?」
「あははははは、正解!」
「もう!!」

ふざける湊に呆れ顔になった翼が居た。
その様子を気にせず稜悟と透は置いてあった雑誌のグラビアを見ながら話し込んでいた。


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『笹倉』を出る頃には夜も更けてきていて寒さも一層増していた。

「ご馳走様でしたー!」

と稜悟と透は翼と湊にお礼を言った後お互いの帰路に着く。

「ねぇ、湊君。帰りほんと大丈夫?」
「大丈夫だよ。バスは定期持ってるし・・・翼は?帰れる?」
「俺も平気!」

お互い自分の財布の中身を確認しながら歩く。

「だけど食べ過ぎたね〜」
「あははは、あれくらい普通に食べれるだろ?翼は」
「いやいや、無理無理!だって湊君俺の皿に炒飯足したでしょ!さすがに多いし」
「部活後の翼を思ってね」
「絶対違うし!」

くだらない話でも翼とする話はいつも楽しいと湊は感じてた。
ふっと視界に屋上で見上げた空と同じ星空が見えた。

ずっと同じではいられない…。

その事実はきっと変わらない。
だけど今のこの瞬間、この季節を大事だと何処かで気づいている。
翼と会話をしながらそんなことを湊は考えていた。
この何処までも広がる星空の下で…。