11月に入り、秋から冬へ季節は駆け足で移り変わろうとしている。

最終下校時間は夏期よりも一時間早められ、いつもより早く図書館を追い出された私は、人の疎らになった廊下を足早に進んでいた。
窓の外では夕焼けがしぼむように消えかかり、東にはもう、藍色の空が星を瞬かせている。
グラウンドには既にライトが灯され、陸上部やサッカー部の面々がまだ活動を続けている様子だけが見て取れた。

通りすがりに覗き見える教室にちらほらと残る生徒たちも、帰り支度を済ませて最後の一時を楽しんでいるようだった。
見回りの先生が訪れるまでの、わずかなシンデレラ・タイム。


(あ、)
ふいに引っかかることがあり、私は足を止めた。
(ふでばこ、引き出しに入れっぱなしだ)
鞄の中を確認すると、やはり目的のものはない。
筆記用具がなくて家で困るということも特にないが、気づいてしまったからには取りに帰ろうか。
そう思って私はくるりと踵を返した。


もと来た廊下を戻り、階段を上る。
夕日はもう沈んだのか、階段は蛍光灯の明かりもなくひっそりと静まっている。
2年生の階には既にほとんど人はいないようだ。
静かに流れ始めた下校の音楽だけが、寂しげに辺りに響いている。
(下校まであと20分か…)
そう、足を速めようとしたその時だった。

ガサガサ、ゴトッ

――薄暗い踊り場の隅にうごめく人影を見つけて、私はヒッと声なく息を呑んだ。
踏み出そうとした右足を思わず引っ込めて後退りする。
件の人物はこちらに気づく様子もなく、ゴミ箱を持ち上げて屈み込むように床に目を凝らしている。
(……え?)
学校指定のスカートに、ウェーブした短めの明るい髪。
腰に巻かれたカーディガンに、私はハッとした。
「千帆、ちゃん……?」
ようやく搾り出せた声は少しかすれてしまったが、静まった廊下にはいやに良く響いた。
私の声に息を呑んだのは、今度は彼女の方で。
「えっ!?」
跳ねるように勢いよく振り返った相手は、やはり千帆ちゃんだった。

「あ、え、遠子ちゃん」

驚きで目を見開いた彼女の表情は、暗がりでよく見えない。
けれど、何かただならぬ雰囲気を感じて、私は彼女と同じように目を見開いた。
「どうかしたの?」
「え!?あ、ううん、なんでもないっ。遠子ちゃんこそどうしたの。まだ残ってたんだ」
「うん。ちょっと忘れ物があって」
「そっか。あ、もうすぐ下校時間だし、気をつけてね。じゃあね」
そう言って千帆ちゃんは慌てた様子で階段を下りて行こうとする。
(――千帆ちゃん?)
下りながらもキョロキョロと辺りを見回すその姿に、思わず声が口を突いて出た。

「何か探し物しているの?」

とたんにピクリと千帆ちゃんの背中が跳ねる。
振り返らない彼女を追いかけて、私も階段に足を掛けた。
「良いんだ、遠子ちゃん」
おもむろに千帆ちゃんがこちらを見上げる。
「うちがなくしたのが悪いし。それにもう下校時間だし。遠子ちゃん付き合せる訳にはいかないよ」

はっきりとした物言い。
でもその瞳はきっと、泳いでいた。

「……何をなくしたの?」
「ううん、いいって。たぶん、そこらへんにあると思うし」
「いつから探してるの?」
「さっき、だよ」
少し言い淀んだ彼女の、それでも手伝いを拒もうとする態度に私は背筋を伸ばした。

「うそ。千帆ちゃん今日もお店の手伝いでしょう?」
ぎくりと動く彼女に、やっぱり、と小さく息を吐く。
家の手伝いを熱心に行う彼女がその予定を押してまで、こうして残っているのだ。
「終礼終わってから、ずっとね?」
その間およそ、2時間半。
「電気つけて探そう」
パチンと手元にあったスイッチに手を掛ける。
ビビッという電気の通う音とともに、辺りが照らされた。それと同時に、千帆ちゃんの絶望するような顔が目に入る。
「えっもう下校時間だし、見つかったら帰らされるじゃんっ」
「でも非効率的だよ」
焦った声に被せるように、落ち着いた声色で切り返した。ぐっと声を詰まらせた彼女を尻目に話を進める。
「何をなくしたの?どこでなくした事に気づいたの?」
「いいよ遠子ちゃん、ほんと、私……」
まだ食い下がろうとする意地っ張りな千帆ちゃん。私はできるだけ優しい笑顔になるように心がけて、ゆっくりと声を掛けた。

「良くないよ。良くないから、店の手伝いに遅れてまで探してるんでしょう?それに、千帆ちゃんがそんなに泣きそうな顔して探してるものは、私にとっても大事なものだから、一緒に探そう?」

蛍光灯の強い光の下、焦燥を滲ませた瞳が大きく揺らぐ。
もうすぐ冬がやってくるこの時期なのに、彼女の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
「さっ。ほら早く探さなきゃ」
「遠子ちゃんって、ときどき強引だね……」
「知らなかった?」
「うん」と力なく笑った彼女は、ようやく観念して私の申し出を受け入れた。


廊下に響く、優しすぎてどこか寂しい音楽。
『下校の時刻になりました。まだ残っている生徒は、速やかに下校しましょう』

シンデレラの魔法がとけるまで、――あと、15分。


***


「それで千帆ちゃん、何を探してるの?」
「――――」
「え?」
小さく呟かれた言葉が上手く聞き取れず聞き返すと、千帆ちゃんは眉間にしわを寄せたまま、視線を泳がせ苦しげにうつむいた。
「ピアス」
うなだれて顔にかかる髪の隙間から、目的のブツの片割れがちらりと顔をのぞかせる。
銀色に光る、きらめく小さな六角の星――否、それは儚くて美しい雪の結晶。
「あれ、そのピアス……えっと、まさか」
もしかしなくても。
「うん、あいつに、もらったやつ?」
なぜか疑問系で茶化そうとするのは、焦燥を紛らわせる為だったのかもしれない。そんなことにも頭が回らず、私は思わず声を張り上げてしまった。
「えええ、縁くんにもらったピアス!?」
「わーっ声大きい!!」
シーーーっ!と口をふさがれて、慌てて周りを見渡す。
先生の影はまだない。ほっと胸を撫で下ろし千帆ちゃんに向き直ったが、視界に入った彼女の表情はさらに暗くなっていた。
「千帆ちゃ――」
「うちだって分かってる!まだ季節じゃないのに、なんでしてきたんだろう?そろそろ寒くなってきたし、つけてもいいかなって。だって、冬にしか付けられないとかもったいないし。いいじゃん、うちが付けたいときに付けて!それで、それなのに、バカみたい。――バカみたい。なんでなくなんの。なんでなくしたんだ私……」
声はだんだんと尻すぼみになり、仕舞いには唇がぎゅっと噛み締められる。

2時間半、探しても一向に見つけられずにいる間ずっと、その自責の念が彼女の胸の内に渦巻いていたのだ。
堰を切ってあふれ出した言葉が、びっくりして逃げる間もない私に津波のように襲い掛かり、ずぶ濡れにして、それから凪のように引いていく。

「――まだなくしてないよ」

千帆ちゃんにとって今のこの時間は、もう既になくしてしまったものを執拗に探す“悪足掻き”なのかもしれない。
でも、私にとってはまだそうではなかった。
「まだなくしてないから、私も一緒に探すんだよ」
力の入って強張った肩が、少しだけ落とされる。
「どこでなくなったことに気づいたの?」
「……うん、お昼の授業が始まった時くらいまではあったと思う。終礼終わって帰ろうとして靴箱まで来た時に、気づいて。教室戻って探して、2階の廊下見てもなくて、で、ここ」
「午後は移動教室なかったの?」
「ううん。ずっと教室の中にいたし。だからすぐ見つかるって、思ったんだけど」
また少し翳り始めた表情に、そのピアスが千帆ちゃんにとっていかに大切なものなのかを知る。
「じゃあ、階段から1階と靴箱までね」
こくり、神妙にうなずく千帆ちゃんの背を押すようにして、私は階段に足を掛けた。


***


パチン。
階段の電気を消して1階の廊下に出る。
蛍光灯の光に慣れた目が、辺りをいっそう暗く感じさせた。
「廊下の電気ってどこだっけ?」
「たぶん、向こうまで行ったところ」
「そっかぁ」
仕方なくそのまま探すことにする。暗がりに目を凝らすもそれらしき物は見つからず、まっすぐな廊下には物が隠れそうな場所もあまりない。

床に目を落として、きょろきょろと視線を這わせながら歩く。
だから私たちは、一つの影が忍び寄っていることに気づきもしなかったのだ。

――バン!


いきなり頭上で響いたガラスの叩かれる音に、尋常でないくらいの反応を示して飛び上がったのは、私だけではなかった。
「ひぃいっ!?」
「うえぇぇっ!?」
千帆ちゃんと二人手を取り合って互いにしがみ付く。
鋭く視線を窓に投げれば、そこには黒い男の人影が、ガラスにぴったり張り付いていた。
「――誰っ!」
かすかに手を震わせたまま千帆ちゃんが大きく叫ぶ。
『ちー!!』
ガラス越しの、くぐもった声。
でも、けして恐ろしいものの声ではなかった。“ちー”、それは千帆ちゃんの愛称で。
「りょー?」
バンバン!嬉しそうにガラスを叩いたのは、千帆ちゃんの幼馴染の稜悟くんだった。
部活終わりなのだろう、大きな荷物を肩から下げている。

「やめてよ驚かせるのとか!?」

安心半分、憤り半分で、千帆ちゃんが乱暴に窓を開け放つと、外に立つ稜悟くんがパッと後ろに退く。
それを追いかけるように、スカッと千帆ちゃんの手刀が空を切った。
さすが、幼馴染。
「ひでぇ」
「うるさいバカッ。心臓飛び出るかと思った!」
「え、ごめん。驚かすつもりは……」
「で、何?時間なくて急いでるんだけど?」
飛び上がって驚いた事への気恥ずかしさと、実際に時間のない焦りとで千帆ちゃんはぶっきらぼうな物言いをする。
それを意に介する風もなく、稜悟くんはへらりと笑って見せた。
「ちー、今、探し物してる?」
「へっ?」
当たり?とでも言いたげににやりと口を引き上げて、稜悟くんが何かを握った手をこちらに差し向けてきた。
パクパクと千帆ちゃんの口が金魚みたいに空気を食む。唐突に投げられた的を射る質問に、『どうして分かったの?』と私も思わず口走りそうになった。
しかも稜悟くんは、まるで全てを知っている占い師のように、実に的確に私たちの求めるものを当ててみせるのだ。

「――それはピアス?」

「えっ嘘っ!?」
「稜悟くんまさか!?」
一目散に千帆ちゃんが窓際に詰め寄る。私も一緒になって窓から身を乗り出すようにすると、稜悟くんは一層うれしそうに唇を綻ばせた。
「やっぱね、ちーのだと思ったんだよな。幼馴染愛だな〜俺」
「うっさい早く出せ」
え、酷い。そう思ったのは私だけだったのか。
「はい」
上機嫌にゆっくりと開いてみせた、稜悟くんの大きくて少し土で汚れた手のひらの上。

薄暗がりの中でも上品に、ピカリと光る、
――真っ赤な石のピアス。


「「って違うし」」


口を突いて出た声が、千帆ちゃんのそれと見事にハモる。
「まーね、そーね、そう簡単にはね……」
期待外れにがっくりと肩を落とした千帆ちゃんに、稜悟くんがあたふたとピアスを手のひらの上で転がした。
「え、嘘。ちーのじゃない?え、誰の?」
それはこっちが聞きたいよ、と千帆ちゃんの背中が語っている。
深いため息をついて窓の桟にぐったりともたれかかる彼女に、もう掛ける言葉は見つからなかった。
最終下校まであと5分あまり。
優しく励ますのも、叱咤するのも、最後の期待を打ち砕かれた感のある今の千帆ちゃんには少し重荷かもしれない。

「やべー、ちーのだと思って拾ってずっと持ってたけど、やばいな。コレなくした子もすげーショックだよな……。俺、神棚に供えてくるわ。うわー持ち主見つかりますよーに!」

「神棚……?」
ふと聞きなれない単語に引っかかって、私は反射的に聞いた。
「ん?職員室の“忘れ物入れ”のこと。神棚って呼んでない?サッカー部だけか?」
呼ばない。と心の中で呟いて、でもそうか、とあるひらめきが私の頭を過ぎった。
千帆ちゃんもその可能性に気が付いたのか、姿勢をしゃんと正して起き上がる。
「千帆ちゃん」
「遠子ちゃん」
二人して顔を見つめ合う。まるで天啓を受けたかのように目が開かれて、頭の中は冴え渡っていた。
「「そこだっ!」」
お互いに指差した方向が一点で交わる。――職員室だ。
窓の向こうの別棟1階。まだ浩々と明かりの灯った一角には、たくさんの人影が写っている。
視線を上に移すと目に入る、外壁に掛けられた丸い時計は、ちょうど6時25分を示していた。
残りの時間あと5分。

「――っ稜!!走れっ!!」
「えっ?お、おう!?」
千帆ちゃんの一声に反応して、まるで飼い主にブーメランを投げられた大型犬のように、訳はよく分からないといったまま、稜悟くんが颯爽と風を切って走り出す。
さすが部活で鍛えた脚。
地面を蹴って一瞬で遠ざかり、校舎の中に消えていく。

「私たちもっ!」

千帆ちゃんと私も、手を取り合うようにして走り出した。
もう一度言おう。
シンデレラの魔法は、あと5分だけ。


全速力で駆け抜ける廊下、下駄箱前、そして――。

目的の場所に近づけば、先に到着した稜悟くんが中からひょこりと顔を出した。
「あった!?」
息を弾ませて千帆ちゃんが言う。

「ねえ!」
近づく、光のもれる部屋。
「おれ、」
稜悟くんの声も大きくなる。

「何探せばいいの!?」


「――役立たず!稜っっ!!!」


追いついた瞬間、千帆ちゃんの華麗なる飛び蹴りが繰り出された。



***


「えー、で」
「ないね……」
「くそばか稜」
「なんで俺」
とぼとぼと、三つの影が廊下を這う。すっかり暗くなった宵の空には月がぽかりと浮かんでいる。
結局、“神棚”にも目的のものはなく、稜悟くんが拾ったピアスを供えただけで、私たちの全力疾走は無駄骨に終わってしまった。
「あーあ!!今日はもういいや!帰ろ!」
「千帆ちゃん……」
「ね、遠子ちゃん。大丈夫。うちまた明日、朝早く来て探す」
「うん……分かった」
しょんぼりする私に、千帆ちゃんはにこりと笑った。
全力疾走で憑き物が落ちたのか、はたまた稜悟くんへの飛び蹴りですっきりしたのか、千帆ちゃんはいつもの調子に戻って顔を上げる。
「さー、帰って家の手伝いだ」
「あー俺、腹へったぁ」
「じゃあ稜、うちで食べて行きなよ。遠子ちゃんも来る?」
「いいね、お邪魔しようかな」
そう言われると、急にお腹がすいてきた。「笹倉」のおいしいラーメンの味を思い出して、私は一人お腹に手を当てる。
「帰るの遅れた分、お客持って帰んないとね〜」
袖をまくってガッツポーズしてみせる千帆ちゃん。
「わぁさすが看板娘!商売上手!」
「タカられる俺たちぃ〜」
「うっさい稜!」
きゃいきゃいと言い合う二人を横目で見ながら、なんだか姉弟喧嘩みたいだな、なんてひっそりと思う。
明日、私も早く来て、千帆ちゃんのピアスを探そう。
口に出して言ってしまうと断られそうな気がして、私は心の中だけでそう呟いた。


キーンコーンカーンコーン……


静まり返った校内に、少し控えめに下校のチャイムが響く。
――シンデレラ・タイム終了のお知らせ。

魔法のとけたシンデレラは、片方の靴だけを持って帰ることになるのだ。



では、もう片方は――……?






暗く沈んだ室内にずらりと並べられた下駄箱。
その一角にひっそりと佇んでいる人影があった。

「――……げ」

一番に声を上げたのは千帆ちゃんで、それは実に気まずそうな、親にいたずらが見つかった子供のような声だった。

「……縁」

下駄箱に軽くもたれていた縁くんも、こちらに気づいてスッと背筋を正した。
すらりと高い背に、切れ長の瞳の端正な顔立ち。艶のある黒髪はすっきりと後ろになでられて、口元にはうっすらと笑み。
その視線はじっと、渋々と近づく千帆ちゃんに向けられていた。
「どうしたのそんな苦い顔して?」
ニコニコと、その笑顔はまるで何かを知っているような。
「なんでいるの」
つっけんどんな口調の千帆ちゃんの後ろで、私と稜悟くんは苦笑交じりに顔を見合わせる。
縁くんも、ちらりとこちらを見て少しだけ困った顔をした。いや、困ったというよりは“かわいくて困るね”という顔。
やれやれ、と稜悟くんがちょこっとだけ肩を竦めた。


「いや、ね?俺のシンデレラがガラスの靴を落としていったので、お届けに」


ニコリ。甘く微笑んで。
まるで姫に跪く王子のような、あるいは人の心を魅了する手品師のような手つきで、縁くんがおもむろに千帆ちゃんへと手を差し出した。

開かれた手のひらの上。

ちいさな、光の集まりがコロンとひとつぶ。


「こちらの落とし主を探しているのですがねぇ?」


「――っ!? なっ、え、なんでっ!!」
王子から告げられたのは姫を誘う甘い言葉のはずなのに、当の本人は顔面蒼白でその手の中を見つめざるを得なかった。
小さな雪の結晶の可愛らしいモチーフ。
千帆ちゃんを喜ばせるものも悲しませるものも、いつだって彼によってもたらされるのだ。

「何であんたが持ってんの!?」

バッと、握った拳が振り上げられて、私たちは「アッ」と小さく声を上げてしまう。
けれどその握られた手のひらは勢いを失って、差し出されたもう一つの手のひらに吸い込まれるように重なった。
「よかった……」
目の端に浮かぶ熱いものを、千帆ちゃんはけして見せまいと歯を食いしばって耐えている。
きょとん、と縁くんだけが訳の分からない様子で彼女を見つめていた。
「どこにあったの?」
ようやく手元から顔を上げた千帆ちゃんと縁くんの視線がかち合う。
「いや、さっき下駄箱の前を走って行ったでしょ。その時に落ちたから」

「「「 え 」」」

なんということでしょう。
「え、ちー?探し物はこれ?って、さっき落としたって、あれ?」
「千帆ちゃん……まさか」
私と稜悟くん二人の視線を受けて、今度は千帆ちゃんが変な汗をかき始める。
「え、あははははは?あれか!カーディガンとかに付いてたのかっ、あはは?」
「「えええええーーーー」」
「もー!ばか!!うちのばか!!」
一気に箍が外れて笑い出した三人に、縁くんは一人ハテナマークを頭上に浮かべるしかなかった。

「え、なに?みんなで探してた?ずっと?」
状況を把握した彼も、一緒になって少し笑う。
そして片手でさらりと千帆ちゃんの髪をかきあげると、ピアスの付いていない耳をするりと撫でた。
その手つきがあまりに自然すぎて、私たちの目は釘付けになる。
千帆ちゃんの顔に朱が走った。

「キャッチはなくなっちゃったみたいだね。今度買いに行こうか」

バチンッ!

「痛たっ」

赤い顔の千帆ちゃんが、縁くんの手を払ってそっぽを向いた。
でも縁くんはニコニコと、否、少し人の悪い笑みを浮かべている。
その温かいまなざしは千帆ちゃんの耳に光る、片方のピアスに。



シンデレラのガラスの靴は





いつだって、王子様が届けにくるのがハッピーエンドのお決まりだ。

「――何笑ってんの」
「いや、あんな鬼のような形相で、探してたのかと思うと」
クッと喉の奥で笑う縁くんに、軽く小突くように蹴りを食らわせる千帆ちゃん。


嬉しそうな表情で、どちらも同じ幸せの中にいた。



 

 

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